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京都地方裁判所 昭和48年(ワ)152号 判決

原告

甲野太郎(仮名)

被告

高速タクシー株式会社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

被告らは各自原告に対し一五三八万四一八八円及びこれに対する昭和四五年二月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨の判決。

(請求の原因)

一  事故の発生

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和(以下に於て略す)四五年二月二八日午前七時一五分頃

(二)  発生地 京都市伏見区大宮町竹田街道交差点

(三)  加害車 小型乗用車(京五ら六一六七号)………A車という

運転者 被告 奥田信輝(被告会社の従業員)

(四)  被害車 原動機付自転車(京都市伏か一五六九号)………B車という

運転者 原告

被害者 原告

(五)  態様 西進中のB車に北進中のA車が衝突した。A車は被告会社の業務遂行中であつた。

(六)  原告の傷害の部位、程度と後遺症

頭部外傷四型、頭頂部、前頭部割創、左脛腓骨開放性複雑粉砕骨折、左硬膜外血腫、左頭蓋骨々折、左頭蓋内膿傷。

原告はこの頭部外傷のためうつ病となり現在尚京大付属病院にて治療中である。

後遺症は左足首切断等につき七級、うつ病につき三級と認定されこれを総合して一級と認定された。

二  責任原因

被告らは次の理由により原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社はA車の保有者で被告奥田の使用者であるから自賠法三条民法七一五条による責任

(二)  被告奥田は徐行と前方注視の義務を怠り本件事故を起したものであるから民法七〇九条の責任

三  損害

(一)  原告の治療経過と治療費は次のとおりである。

(1) 大橋病院 三八万五九四三円

入院期間 四五年二月二八日から同年八月七日までの一六一日

通院期間 四五年八月八日から四六年一一月二八日までの間に一〇一日

右の入院中左側頭部開頭手術による脳内血腫除去、左足首先の切断手術、開頭手術後に生じた骨弁の骨膜炎除去手術を行つた。

(2) 京大付属病院 一六万五六七二円

入院期間 四六年一二月二〇日から四七年四月七日までと四七年一〇月三日から四八年三月二三日までの二八二日

(3) 神戸大学付属病院 一九七〇円

入院期間 四七年四月八日から同年一〇月二日までの一八〇日間

(4) 柱本病院 四七六〇円

以上の合計五五万八三四五円

(二)  入院雑費 一八万六三〇〇円

300×622=186300

(三)  入院付添費用

(1) 妻の付添期間 一九七日 六八万九五〇〇円

日当一日 三五〇〇円(妻の仲居としての日当)

3500×197=689500

(2) 看護補助者中嶋ツルの給料一〇日 二万〇六八〇円

(四)  通院付添費 三六万〇五〇〇円

大橋病院、柱本病院に通院した日数 一〇三日

3500×103=360500

(五)  大橋病院ヘタクシーによる通院交通費 二万四二四〇円

(六)  松葉杖、義足代 四万五八五〇円

(七)  休業損と逸失利益 三九〇万三七七三円

(受傷時の年齢) 六一歳

(四四年度所得) 大工として六〇万四〇〇〇円

(就労可能年数) 八年

(ライプニツツ係数) 六・四六三二

604000×6.4632=3903773

(八)  慰藉料 一四〇〇万円

入院につき三〇〇万円、通院につき一〇〇万円、後遺症につき一〇〇〇万円

(九)  弁護士費用 七〇万円

四  よつて原告は被告らに各自一五三八万四一八八円及びこれに対する四五年二月二八日から完済まで年五分の遅延損害金を求める。

(被告らの答弁、抗弁)

一  請求原因一の(一)ないし(五)は認めるが他は争う。原告の京大、神戸大学病院入院は殺人未遂事件の鑑定のためになされたもので、入院しなくともよいのに態々入院したもので本件事故と相当因果関係はない。

二  本件交差点は交通整理が行われず、見通しのよくない所であり、かつ原告の進路に当る交差点進入前に一時停止の道路標識があるのに原告は雨合羽をかぶつていたためこれを無視し南北道路の安全確認を怠つて交差点に進入したため起つたもので、原告はB車に乗出して僅か二週間にしかならず自賠責保険にも加入していない有様で現場は一度も通つたことがないのである。一方A車は時速二、三〇粁で進行したもので高速で進入したわけでないから原告の過失について強い過失相殺を主張する。

三  鑑定書によると原告の兄B男は更年期うつ病に罹患していた疑が強くその他遠い血縁に精神障害と考えられる者が二三人いるらしくその精神的遺伝負因は極めて大きい。又原告のうつ病発現は約三〇年前にみることができ、加えて原告が出稼中であつた三七年から四三年迄の間に妻A子の不倫問題があつて四三年に一切が原告に打明けられ原告は慰藉料請求事件の当事者となつており、このトラブルに対し原告はかなりの情緒面での衝撃を受けていると判断されている。畢境原告のうつ病は本件事故後たまたま顕著に発現したと考えられるだけであつて本件事故に起因するものとは解されない。原告の脳損傷がうつ病にどれだけ器質的因果関係をもつかは不明であり、外傷から精神病が起きるとは考えられないのが定説である。仮に事故の外傷と精神病とに関係があるとしても単に誘因であつたに過ぎない。

四  原告には損害の補填として原告主張の自賠責保険より当初二〇七万〇九四三円、ついで二九一万円の合計四九八万〇九四三円の外被告会社から八二万一七〇〇円の合計五八〇万二六四三円が支払われている。但し被告会社はこの中一一万四〇五七円を自賠責保険より回収した。

(被告らの抗弁に対する原告の答弁)

一 被告らの過失相殺の抗弁の中本件の交差点が交通整理の行われていない左右の見通しのよくない所であること、原告が一時停止しなかつたことは認めるが過失の点は認めない。原告がB車に乗出してから二週間にしかならないが、バイクの経験は一〇ケ月ある。

二 原告の受領した金員の合計が五八〇万二六四三円であることは認めるが、その内訳は自賠責保険から、大橋病院へ支払われたのが三八万五九四三円、後遺症分として原告に支払われたのが二回で四九八万〇九四三円、被告会社から受取つたのが八二万一七〇〇円である。

(証拠)〔略〕

理由

一  請求原因一の(一)ないし(五)の事実、原告が一時停止しなかつたことは当事者間に争いがない。

右の争いのない事実及び成立に争いのない乙一ないし八号証、証人武田慶司の証言、被告奥田本人尋問の結果によると次のことが認められる。

(1)  本件現場は南北に走る幅員五・九米の竹田街道と東西に走る東側は幅員五・〇五米、西側は幅員五・九米の丹波橋通がいびつに交る交差点でその東南端には隅切りがあり、かつ西進する車両に対し一時停止の標識がある。互に見通しはよくない。事故当時は雨で湿つていた。

(2)  当時被告奥田は被告会社の営業用のタクシーであるA車を運転し時速約三〇粁で北進して来て少し速度を落したが一時停止をせず同交差点に進入したところその右側約四米のところにB車が西進してくるのを発見し急ブレーキをかけたが及ばず約一・九米進んだところで原告のB車と衝突した。

(3)  B車は右交差点の東側から西進して来たが一時停止の標識があるのに停止せずかつかなりの速度で交差点に進入したためB車の左側がA車の左前部と衝突し約三米進んで転倒し原告は負傷した。

(4)  原告はこの事故のため頭部外傷四型頭頂部前頭部割創、左脛腓骨開放性複雑粉砕骨折等原告主張の傷害を受けた。

右認定事実によると本件事故はA車B車とも、見通しの悪い交差点に入るには一時停止をして左右の安全を十分確かめ徐行して進行する義務があるのにそれを怠りそのまゝ進入したため衝突したもので双方に過失があるといわねばならないが道路の広さからいえばA車の方が優先道路を走つておりかつB車のためには一時停止の標識があるのにそれを無視して進入した過失、減速しなかつた過失があるのでその過失割合はA車の被告奥田に四、B車の原告に六と評価する。過失相殺の主張はこの限度で理由がある。

よつて被告奥田は民法七〇九条により被告会社は自賠法三条により原告の損害を賠償すべきものといわねばならない。

二  原告の治療経過と損害等

成立に争いのない、甲一号証の一ないし四、甲二号証の一、二、甲三号証の一ないし八、甲四ないし七号証、甲八号証の一ないし三、甲九号証、甲一〇号証の一ないし四、甲一一ないし一五号証、甲一九号証、証人A子の証言によると次のとおり認められる。

(1)  原告はこの傷害のため四五年二月二八日から同年八月七日までの一六一日間大橋病院に入院しその翌日から四六年一一月二八日までの間に一〇一日同病院に通院した。入院中に脳内血腫除去、左足首の切断手当を受けた。入院中には付添を要した。その間の診療費用の中患者負担分は診断書料を含め三八万五九四三円であつた。(甲一号証の一ないし四)

(2)  右大橋病院は原告に対し四六年一一月二八日を以て症状固定と判断した。後遺障害として頭部外傷による神経症、左下腿開放骨折後の左足前半部切断が残つた。この左足切断部分は義足の装着を要し歩行に障害がある。

(3)  原告は頭部外傷後遺、大後頭三叉神経症候群という病名で四五年七月二二日と同年一二月七日の二日間柱本医院の診断を受けた。診断費は四七六〇円であつた。(甲二号証の二)

(4)  原告は四六年一二月二〇日から四七年四月七日までと四七年一〇月三日から四八年三月二三日までの二八二日間頭部外傷後のうつ病治療のため京大付属病院に入院した。その患者負担費用は一六万五六七二円であつた。(甲三号証の一ないし八及び甲一五号証)

(5)  原告は四七年四月七日から同年一〇月三日まで精神鑑定のため神戸大学付属病院に入院した。(甲二一号証の二)

(6)  原告は大橋病院を退院後の四五年一一月二九日午前四時頃自宅で刃渡一六・五糎の包丁で数回妻A子の頭部を切りつけたが同女より包丁を取上げられて加療約一〇日間を要する左頭部左前額部の切創を与えたに止まり殺人未遂罪で起訴された。しかしこの事件は原告が当時心神喪失の状況にあつたとして無罪となつた。この時の鑑定医高木隆郎は事件当時の原告の精神状態は慢性的抑うつ的精神病的状態で意識障害の状態にあつたと推断されるが、一面頭部外傷による血腫除去のため中枢神経機能に大きな障害は残されていない、頭部外傷による外因性痴呆でもないと判断し鑑定医黒丸正四郎は事件当時の原告の意識は著しく障害されていたが事理の弁別能力を完全に喪つていたものではないと判断した。又当時の脳波検査によると原告の左頭頂部領域に焦点をもち全領域にわたり瀰慢性の異常波が見られ、脳機能の器質的障害を現わしていた。

(7)  原告の兄は六二歳で死亡したが五六、七歳の頃精神病院に二年程入院したことがあり更年期うつ病であつたとみられている。又父の兄の子で二十歳位の時薬物自殺したものがあり、父方祖母の姉の子(男性)でぼやつとした人がいた。但し原告の長男、二女、三女(長女は生後間もなく死亡)はよく勉学に励み平均以上の知的素質をもち、心身に障害はない。

(8)  原告は明治四二年二月二八日熊本県の農家の二男に生れ二二、三歳の頃台湾に渡り、台中の郵便局や電力会社の工手をしていた昭和一四年頃同棲していたとみられる女性の首を縊つて殺し自らも睡眠薬を呑んで心中を図つたが果さず、同年六月一五日殺人罪で懲役八年に処せられ服役したが終戦直前台北刑務所を出所した。この殺人事件当時原告はうつ病の状態にあつたと推測されている。

(9)  原告は台湾から引揚げて九州にいたが三七年頃から妻子を郷里に残し京阪方面に出稼ぎに来ていた。その留守中妻A子が別の男性から乱暴され、不倫問題を起した。原告は四三年九月妻子が京都に来て同棲するようになつてこのことを知り相手の男に訴訟を起した。原告は京阪方面へ来てからは大工職人として働いていた。

(10)  原告は本件交通事故による傷害を受けた時は一時意識不明になつたこともあるが入院後の初期は比較的朗らかで見舞に来た同僚に傷が治つたら又同じ所で働かせてくれといつていた位である。しかし負傷後四ケ月目に入り左足首を切断せねばならぬといわれ出した頃から懊悩と頭痛、不眠、焦躁感を強く訴えるようになつた。原告が大橋医院にいた時、柱本医院で診療を受けたのもその頃である。柱本医師の処方も抗うつ剤の投与であつた。

(11)  その後の原告の状態は知能に障害はないが元気に乏しくうつ病状態が続いているがこれはいろんな悩みから来た心因性うつ病と原告の年齢からきた更年期(又は退行期)うつ病と推断されている。原告の血液の梅毒反応は陽性であるがこれが中枢神経に影響していることはない。

以上のごとく認められる。

右認定事実によると原告が事故後一時朗らかであつたが左足首切断手術の頃から煩悶が続きその後刑事事件を起す等うつ病状態を繰返しているのは本件事故による外傷が有力な原因をなしていると判断されるがこのうつ病状態は原告が過去に於て台湾でも刑事事件を起したことがあり実兄にも精神病院に入院して死亡した人があること等の事実よりして家系的因子も寄与していると認められるので当裁判所はその家系的因子の寄与率を二割、その余を本件交通事故と相当因果関係にある症状と認め大橋病院の治療費と休業損逸失利益は主として傷害のためであるからその全額を、その余の病院費用についてはその八割が本件事故と相当因果関係にある損害と認める。又鑑定留置中の費用は相当因果関係なきものと認め損害に計上せず、原告の労働能力喪失率は自賠責保険がこれを総合して一級即ち一〇〇%喪失としているのと老齢でもあるので当裁判所はこの自賠責保険の判定と合せることとする。

よつてその損害を次のとおり算定する。次のもの以外は立証がないか請求の根拠がない。

1  大橋病院関係のもの 七四万二三四三円

(一) 治療費 三八万五九四三円

(二) 入院付添費 二五万七六〇〇円

証人A子の証言によると同人は事故当時料理屋の仲居として月収約四万八〇〇〇円を得ていたことが認められるので同人が原告の大橋病院入院期間一六一日間付添つたとしてその付添費用は次のとおりとなりそれ以外は証拠がない。右証言にある中嶋某のことは受領書もなく明確でない。

48000×161/30=257600

(三) 入院雑費 四万八三〇〇円

300×161=48300

(四) 通院付添費 五万〇五〇〇円

500×101=50500

(五) 右(一)ないし(四)の合計 七四万二三四三円

2  柱本医院と京大付属病院関係のもの 二〇万四八二五円

(一) 治療費 一七万〇四三二円

(二) 柱本医院への付添費 一〇〇〇円

500×2=1000

(三) 入院雑費 八万四六〇〇円

300×282=84600

(四) 右の合計二五万六〇三二円の八〇% 二〇万四八二五円

3  休業損 一〇五万七〇〇〇円

(事故後から症状固定の四六年一一月二八日までの期間) 二一ケ月

(年収) 六〇万四〇〇〇円

成立に争いのない甲五号証によると原告の四四年の所得は六〇万四〇〇〇円であつたことが認められ原告もこの金額によることを求めているのでこれに従う。

604000×21/12=1057000

4  逸失利益 三〇六万五六六二円

(症状固定時の原告の年齢) 六三歳

(当時の年収―前記3と同じ) 六〇万四〇〇〇円

(就労可能年数) 六年

(ライプニツツ係数) 五・〇七五六

(労働能力喪失率) 一〇〇%

604000×5.0756=3065.662

5  慰藉料 七五〇万円

種々の状況を勘案し基本となる慰藉料は右金額を以て相当と認める。

6  以上1ないし5の合計 一二五六万九八三〇円

7  原告の過失六〇%を相殺した後の金額 五〇二万七九三二円

12569830×(1-0.6)=5027932

三  損害の補填

原告が自賠責保険より大橋病院への支払分として三八万五九四三円、後遺症補償として四五九万五〇〇〇円の支給を受けた外被告会社より八二万一七〇〇円の合計五八〇万二六四三円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。(但し被告会社は自賠責保険より一一万四〇五七円の回収を受けている)

四  従つて原告の損害は既に補填され弁護士費用の請求も失当であつて原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博)

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